(2025-05-31)
今月から自分のホームページを開設したが、そのことについて現時点での少々萌芽的なメモを残しておく。
私がこのようにして書いているWeb日記は、もしかしたら「ホームページ」というよりは「ブログ」といったほうが適切かもしれない。が、これら二つの語句の定義の違いについて私はあまりよくわかっていないので、今後しばらくは(このブログのことを指して何か言うときには)どちらかの語句を恣意的に用いるかもしれない。
どういう経緯でこのブログを始めることになったのかについては自分でもあまりよく覚えていないのだが、昨年や一昨年の今頃は「10年後ぐらいには自分のホームページで文章を書いているんだろうな」と思っていた。というよりは、その時点での「未来」についてはただぼんやりとしか想像していなかった。
当時の私は、自分の書いた文章を自分の「身内」だけに読んでもらっていた。大学生のときから家庭教師をしていたので、そこで出会ったご家庭の方々が自然とメインの読者になった。もちろん、家庭教師を始めたときは他の多くの大学生と同じようにアルバイトからスタートしたのだが、そのこ家庭を担当している間はの指導する生徒一人一人に対して「どのような指導をすれば、目の前にいる生徒が自分自身の能力を(爆発的に)開花させることができ、そのパフォーマンスを最大化させられるのか」、「どのように生徒に対峙すれば、限られた時間の中で彼らの人間的な成熟を支援できるのか」といったことを毎日毎日考え続け、指導の前後で保護者にそのことを話したり、時には意見交換をしたり、時にはそのご家庭と一緒にインドカレーを食べに行ったりもしていた。(インドカレーは私の大好物なのである。)
数年間そういった活動を続けていくのと並行して、私はほとんど毎日(極めてマニアックな)「内輪的」情報発信をしていた。過去の大学生や大学院生として過ごした時代において、学業と家庭教師の活動のうち後者のほうにその比率が偏りすぎていたときも(かなりたくさん)あったが、幸いにも意外と多くの方々に自分の書いたものを読んでもらうことができた。中には、自分の発信した内容に対してたくさんの感想を送ってくださった方もいて(そのほとんどは家庭教師先のお母様である)、私の中では(自分でも信じられないぐらいに)他者とのコミュニケーションの「幅」が広がった。
私がこれまでに書いた文章のほとんどは、実はこの家庭教師の経験に由来している。(というようなことを書きたかったのだが、何だか「思い出話」を語る雰囲気になってしまった。すまない。)
指導を担当したご家庭とはLINEというコミュニケーションツールを使って連絡をとることが多かったので、2023年の4月からはLINE VOOMに自分の書いた文章を書き始めた。この「内輪ブログ」はLINEの友達だけに限定公開されたものだったのだが、この時期から私の書いた文章は十数の「家庭教師先のご家庭」から数十の「LINEの友達」に読まれ始め、読者の範囲も徐々に広がり、昨年の末までにはLINE VOOMのフォロワーが50人ほど増えた。まさか、自分の書いた文章が大学の同級生や同じ研究室のメンバー、さらには自分の研究室の指導教員や家族にまで読まれることになろうとは想像もしていなかったので、その時は少しびっくりしたのだが、いつの間にか「これなら、そのまま自分でホームページを開設してブログを書いてしまったほうがいいかもしれない」と思うようになっていた。
なぜその時にそのようなことを考えたのか、ということについてはあまりはっきりと覚えていない。(決定的なきっかけって、なんだったっけ)
もちろん、LINE VOOMで文章を発信していく中で「キーワード検索ができない」とか「特定のキーワードを文章内に書いて投稿すると、その記事が削除されてしまう」という不都合もあったのだが、正直に申し上げると「なぜ、このブログという場を設けて」文章を書くことになったのかは「自分でもよくわからない」のである。今もそうだが、「どうして、今ここで文章を書いているのか」も自分ではうまく言えない、というのが実情である。
そのため、自分が文章を書き始めた経緯の「根っこ」の部分はあまり説明ができないのであるが、こうやって自分の個人名で発信しているのを考えれば「自分の知らない人にも、ぜひ自分の書いたものを読んでほしい」とか「できれば、自分の書く内容について同意してもらいたい」と私が(心のどこかで)思っているのは確かである。
と書いたものの、実は、私はこのブログがたくさんの「まだ出会ったことがない他者」に読まれるとは思っていない。というよりは、現時点では(とてもとても)そう思えないでいる。
それは、私の書いた文章のほとんどが「自分で」読み直してみて「おもろいやん」と思えるものばかりだったからである。
話を戻そう。
今申し上げた通り、私はこのブログを始めることになった「根」の部分についてはあまりうまく説明ができない。(もしかしたら、自分で「そのことについて語るための語彙」を今はまだ獲得していないのかもしれないが、ここでは「よくわからないものは、よくわからないままにしておく」という方針を採用しておきたい。)
そのかわりに、このホームページをネット上でどのような立ち位置にしたいのかについて今から少し書いてみたい。今後、何かのきっかけで私のブログの方向性が大きく変わる可能性はあるかもしれないが、現時点では私の中で「ある程度の方向性」は定まっている。そのため、今後しばらくは以下に記す通りとなるであろう。(ほんまかいな)
私のブログの名前は「伊地知のコモンズ=センス」である。
ホームページを立ち上げるとき、私は「何か風通しの良い部屋のようなもの」をイメージしていた。大雑把に言えば、「実際に(私も含めた)自分の文章の読者がその場所にいて、生きる気力が湧いてくるような気持ちの良い部屋」のことである。
このブログの発信者は「伊地知」という私の個人名であるが、これには「ネット上の」という但し書きが付いて回る。簡単に言うと、「現実の伊地知」とは人格がまるで違うのである。(このことについては今後どこかで書くつもりでいる。)
ブログの名前の「コモンズ=センス」という言葉は、私の造語である。
この造語には「コモン(ズ)、コモン・センス(常識)、(伊地知の)センス」と、いくつかの意味が込められている。
既にご存じの方もいらっしゃると思うが、コモン(ここでは、複数形の「コモンズ」もこれと同じ意味で用いる)というのは公共財のことを指す。「社会的共通資本」と言われることもあるが、これは私の理解では「誰でもでもアクセス可能な共有地」であり、「その共同体の全てのメンバーでシェアして使うもの」であり、「誰の所有物でもないもの」である。
もう少しコモン(コモンズ)について説明したい。
コモンの説明としてわかりやすいものがあったので、その箇所を斎藤幸平『新人世の「資本論」』(集英社新書、2020年)から引用する。
同書では、筆者が「囲い込み」と資本主義の関係について、マルクスの「本源的蓄積」論を用いながら以下のように説明している。
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「本源的蓄積」とは、一般に、主に一六世紀と一八世紀にイングランドで行われた「囲い込み(エンクロージャー)」のことを指す。共同管理がなされていた農地などから農民を強制的に締め出したのだ。
なぜ、資本は「囲い込み」を行ったのか。利潤のためだ。利益率の高い羊の放牧地に転用したり、あるいは、ノーフォーク農法のような、より資本集約度の高い大土地所有の農業経営に切り替えたりするために、囲い込みは実施されたのである。
(…)
前資本主義社会においては、共同体は共有地をみんなで管理しながら、労働し、生活していた。そして、戦争や市場社会の発展によって、共同体が解体されてしまった後にも、入会地や開放耕地といった共同利用の土地は残り続けた。
土地は根源的な生産手段であり、それは個人が自由に売買できる私的な所有物ではなく、社会全体で管理するものだったのだ。だから、入会地のような共有地は、イギリスでは「コモンズ」と呼ばれてきた。そして、人々は、共有地で、果実、薪、魚、野島、きのこなど生活に必要なものを適宜採取していたのである。森林のどんぐりで、家畜を育てたりもしていたという。
だが、そのような共有地の存在は、資本主義とは相容れない。みんなが生活に必要なものを自前で調達していたら、市場の商品はさっぱり売れないからである。誰もわざわざ商品を買う必要がないのだ。
だから、囲い込みによって、このコモンズは徹底的に解体され、排他的な私的所有に転換されなければならなかった。
結果は悲惨なものだった。人々は生活していた土地から締め出され、生活手段を奪われた。そこに追い打ちをかけるように、それまでの採取活動は、不法侵入・窃盗という犯罪行為になったのである。それまでの共同管理が失われた結果、土地は荒れ果て、農耕も牧畜も衰退し、新鮮な野菜も肉も手に入らなくなっていく。
一方、生活手段を失った人々は、多くは都市に流れ、賃労働者として働くよう強いられた。低い賃金のため、子どもを学校に行かせることもままならず、家族全員が必死に働いた。それでも、高価な肉や野菜は手に入らない。食材の品質は低下し、人手できる品の種類も減っていく。時間も金もないので、伝統的な料理レシピは役立たずのものとなり、ジャガイモをただ茹でたり、焼いたりする料理ばかりになっていったというわけだ。生活の質は明らかに落ちたのである。
ただ、資本の観点からは、様子が異なる。資本主義とは、人々があらゆるものを自由に市場で売質できる社会である。土地を追われた人々は生きるための手段を失い、自分の労働力を売ることで化結を獲得し、市場で生活手段を購買しなければならなくなった。そうなれば、商品経済は一気に発展を遂げることになる。こうして資本主義が離陸するための
条件が終ったのだ。
(同書、236-239頁)
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ここでは、かつて潤沢に存在していた「無償の共有財」が解体され、「囲い込み」によって排他的な私的所有物へと転換されたことについて(また、その因果について)資本主義の歴史的経緯に沿って書かれている。
かつて、コモンは潤沢に存在していた。「囲い込み」が始まる前は、その共同体のメンバーであれば「誰でも無償で、必要に応じて利用できるもの」であった。
しかしながら、ご存じのように今はあらゆるものが「私物化」されている。
私は共有地や公共物(学校や道路、公園、水、空気など)だけでなく、教育も「コモンズ」に含まれると考えているが、現在の社会では「教育を受けたかったら、金を払え。払った金額に応じて、質の高い教育(とその発言者が呼んでいるもの)を与えてやろう」という雰囲気が漂っている。
私はこのような教育に対する考えは間違っていると思う。(というか、その種の教育を受けてきたような人間で「ぜひ、この人の話をもっと聞きたい」と思わせるような人を私は誰一人として知らない。)
教育は、共同体における「幼い者たち」に対して社会全体で行い、その恩恵は社会全体で受けるべきである。
私は、今の時代においては「誰でもアクセス可能な」コモンズ(コモン)が社会全体として(もちろん、教育も含めて)必要だと思っている。しかし、そのようなものを「どこかの誰かが復活させてくれるだろう」と思って指を咥えて待っているのではなく、「自分たちで立ち上げ、(かなりの)時間をかけて作っていくしかない」とも思っている。
このブログは「その試み」の一つである。
私がブログの名前の中に「コモンズ」というワーディングを採用したのはそういう経緯である。
続いて、2つ目の「コモン・センス(常識)」の説明。
既に予想されていらっしゃる方がほとんどだと思うが、このワーディングはトマス・ペインの『コモン・センス』から拝借した。
私はトマス・ペインの『コモン・センス』についてその内容を完全に理解している訳ではない。(そのため、6月に『コモン・センス』を読むつもりでいる。)ここでの「コモン・センス」という言葉は、純粋に「常識」という意味で使っている。補足すれば、それは「成熟した大人が持っている常識」である。
最後に、3つ目の「センス」について。
これは単純で、文字通り「伊地知のセンス」という意味である。このセンスという言葉は、俗に言う「あの人は経営のセンスがいい」という文脈で言われる際の、あの「センス」である。
すなわち、このホームページを運用する伊地知なる人物が(このホームページを訪れた読者の目の前で)コモンズを展開するセンス(コモンズ=センス)が試されるのである。
先程も述べたが、かつて社会に潤沢に存在していた共有地は私有地に名を変えて「私物化」された。
このままでは、私たち人間の尊厳までもが「私物化」されるのではないかと私は懸念している。
この「私物化する」という述語の動作主は「特定の誰か」ではない。
そうではなくて、「最悪のシナリオ」で現れる社会そのものである。私たちの社会において「自分さえよければいい」とか「今さえよければそれでいい」とか「自分が引退した後、死んだ後の世界なんかどうなってもいい」とか「高齢者は集団自決すればいい」とか「社会で無能な奴らなんか飢え死にすればいい」とか「誰かに『私物化』されても、みんなで仲良く手をつないで『衰退』すればいい」とか「どこかにいる誰かが、そのうちなんとかしてくれるだろう」と考える人間が大多数を占めるようになったとき、その「地獄絵図のような社会」は到来してしまいかねない。これはまるで、ジョージ・オーウェルの『1984』で描かれるようなディストピアの世界とペアになってリバーシのゲームを行うようなものである。
私は、かつて75年も前に生きていた先人によって「決して、このような未来だけは到来しないように」と願いを込めて書かれたSFの世界と肩を並べてしまうような、そんな絶望的な社会では生きていきたくはないのでこのような文章を書いている。
だいぶ説明が長くなってしまい、話の内容がだいぶ暗くなってしまった。
すまない。
私は1997年生まれなので、世間様からは「若造のくせに何言ってやがんだ」と言われても反論できない立場にあると思っている。しかし、自分のことを(ものすごく)甘く過大評価しても社会的にはまだまだ成熟したとはとても言えないこの私でさえ、今回のような「生意気な」文章を書いて社会に訴えないとマズいと思わせる程に(数十年という長期間で世の中を見通すつもりで眺めると)事態は深刻である(と思う)。
「私がこういうことを書かなければ、私の周りでは誰もそのことを口にする人間はいなくなる」
私のような20代の人間にとっては、「そういう内容」だけが(特に、ネット上では)発言されるに値すると思う。今後このブログでも、そのようなことを選択的に、かつ優先的に書いて発信していこうと思っている。
と「偉そうに」書いたものの、今の私にできることはそんなにない。何か妙案がある訳でもないし、私が持ち合わせている資源も決して潤沢にあるわけではない。
私にできることは「身銭を切る」こと、「自分の周囲にいる他者に配慮する」ことなどのコモン・センス(常識)を備えて、必要があれば「自分が起点になること」である。(私がそういうことを考えながら今この文章を書いているのも事実である。)
これらの「常識」は、現実世界に物理的な形で存在する共有地でもないし、経済合理性を考えても決して社会的共通「資本」といえるものでもない。だが、私はこの「コモン・センス」も私たちが私たち自身の中に「コモンズ」として備えておかなければならないものだと思う。
話を冒頭に戻そう。
今回はこのブログについて「どんなことを考えて自分の文章という『種』をネット上の『土』に埋めようとしているのか」や「どういったことを目指しているのか」について書くつもりで文章を書いていたのだが、いつの間にか話が長くなってしまった。(私の書く文章は、だいたいこんな感じで「無駄話」や「脱線」が多い。とほほ。)
私のブログは「共有スペース」としてのコモン的な位置付けである。
今後、おそらく一人ぐらいは「まだ私が出会ったことのない読者」が現れることだろう。その方(あ、もしやそれは、今この文章を読んでいる「あなた」のことかもしれません。)には「ようこそおいでくださいました」とひとこと声を掛けたい。「我こそは」という方には、ぜひとも「好きな時間に、好きな場所で、好きなだけ」私が書いた文章をお読みいただきたいと思っている。(このブログは言わば「公共財」であり、「誰でもアクセス可能な場所」なのであるから。)
私の文章を読んで「何を今さら、そんな当たり前のこと書いちゃってんのよ」とか「私だって、ずっと前からそんなこと考えていたわよ!」と言って同意していただけたら、イジチはもっと喜ぶであろう。(それらは私にとって「最高の褒め言葉」である。)
かつて、遠い昔に日本に存在した村落共同体であるような、「ご近所的」な共同体。
私が自分のホームページ「伊地知のコモンズ=センス」で目指しているのはそういった「お裾分け」的な共同体であり、同じ「お裾分け」共同体のメンバーの誰かが困り果てていたら「困ったときはお互い様よ。さあさあ、外は寒いから中へいらっしゃい」と鶴の一声がかけられる仲間づくりである。もちろん、この「仲間」は必ずしも現実世界でお互いに認知し合ってつながっている関係だけとは限らない。
もちろんこれは(その半分は)比喩だが、私は少なくともそのようなイメージで自分のホームページ(ブログ)を開設するに至った。
(2025-05-31)