伊地知のコモンズ=センス

「何を飲めばいいのかわからない状況」について


中途半端になってしまったが、とりあえず書いた。
言いたいことや書きたいことがまだ足りない気がするが、以下に「中途半端なアウトプット」を掲載する。
たぶん後日、大幅に加筆・修正すると思うが、とりあえず実験として「スーパーで買ってきた新鮮な鶏むね肉を一旦冷凍させる」ように、「中途半端な文章」を「凍結」させて記録しておこう。
中途半端な実験にならないように祈るばかりである。

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最近、「何か冷たい飲み物を飲みたいが、実際にスーパーやコンビニに入ると何を飲めばいいのかわからない」という状況が多々あって困っていたのだが、たった今、それが「結婚したいのだが、誰を選んでいいかわからない(あるいは相手がいない)」という状況と似ているのではないか、と思ったのがこの文章を書くきっかけとなった。

もう一度並べて書いてみよう。

①「何か冷たい飲み物を飲みたいが、実際にスーパーやコンビニに入ると何を飲めばいいのかわからない」
②「結婚したいのだが、誰を選んでいいかわからない(あるいは相手がいない)」

うんうん。
似ている、似ている。

何を飲んでも「一緒」であるということなのだろうか。

確かに、いつもは水かお茶のペットボトルを飲んでいても、何か甘いものが恋しくなったときにはちょっと甘いミルクコーヒーやカフェラテのペットボトルが飲みたくなるし、運動後はスポーツドリンクやエナジードリンク、あるいは冷たいジュースが飲みたくなる。

これまで洋の東西を問わず、また現実とドラマの境目を問わず、そしてリアルとオンラインの間を問わずに、浮気の常習犯がよく口にしてきた「ほら、いっつもプレーンのお肉食べてるとたまにはスパイシーなのが食べたくなるのよ」とか、「だから、いつも和食を食べてるとたまには洋食が食べたくなるんだよ!」とか「いつも家で自炊ばっかしてると、ほら、たまには外で食べたくなるじゃん。あれよ!あれ!」とかいう言い訳は意外と的を得ているのかもしれない。(あ、念のために書くけど、決して浮気を推奨している訳ではないので間違えないようにね。)

「的を得ている」というのは、「結局、何を選んでも『おんなじ』よ」ということである。

まあ、まだまだ未熟な「子供」には何が言いたいのか、何が書いてあるのかわからないだろうが。(あ、それは私のことだった!オーマイが。)

(2026-05-27)