(2025-04-27)
今朝、Sさんから課題図書『料理人という仕事』(稲田俊輔著、ちくまプリマー新書)を読んだ感想が届いたので、以下に掲載する。
【『料理人という仕事』を読んだ感想です!】
料理人の世界を実際に覗いてような感覚で「あー、それわかるわかる!」「そうなんだぁ、知らなかった!」と思いながら読めておもしろかったです。
そして、料理人の世界は厳しいなと思うことがシビアに書かれていて、自分はまだまだその一部分しか経験していないし、見えていないなと思いました。
カフェ開業の難しさも、その理由も書かれていて、まだまだ私には勉強しなきゃいけないことがたくさんあるなと。
この本の中で『手の早さ』は料理人にとって財産って書いてあったけど、私は先生に鍛えてもらった?スピードがここでも役立っているのかも!と思いました😊
実は、Sさんは私が家庭教師として指導を担当している生徒で、この感想に対して午後に次のような返信を書いた。
先生は、この本で書かれている「手の早さ」の「手」というのはある種のメタファー(比喩)で、修行と同じような行い(日々の練習など)を通じてしか身につかないような「意識を超越した」身体的な動作なんだろうと解釈しています。先生はこれまで料理人として現場に立ったことがないので、これはあくまで想像ですが、忙しい料理人ほど「意識して、考えてから、手を動かして」いるとどうしても遅くなってしまう。でも、そのお店の料理がおいしくて繁盛しているレストランやカフェで働く腕のいい料理人ほど、「手が早く、そして速く」動く。そして、端から見るとその人が自然に動いているかのように動作全体がスムーズに見える。
この「自然に動く」というのは、本人がその手順を説明しようとしても、「どうしてそんな動作が自分でできるのか、自分でもよくわからない」という答えが返ってくると思います。(おそらく、料理の腕が上がれば上がるほどそのように答える料理人の割合が増えるだろうと思います。)本人は、ただ「なんとなく」手を動かしている。でも、その手の動かし方を後から振り返ると「それが一番最適だった」と言える。
「修行」を長く行ったり、日常という訓練の場で継続して物事を進めていると(「手」を動かし続けていると)、そういう「閾値を超えた」ようなパフォーマンスができるんだろうと思います。
このような返信を書いてからその本を見返してみると、「『手が早い』とはどういうことか」について書かれた箇所があった。
「料理人の世界では『手が早い』というのは、最大級の褒め言葉であり、反対に『手が遅い』と思われることは最大の屈辱です。『手が速い』というのは、単純に手の動きのスピードだけを指すのではありません。もちろんそれは最重要事項ではありますが、食材や調理器具の配置に気を遣ったり、何かあればすぐに他の人のサポートにも入れる態勢、無駄のない動線、適切な段取り、そういった要素を包括した概念がこの「手が早い」です。「綺麗な仕事をする」という評価ともほぼ同義です。」(144頁)
ここで説明されている通り、「手が早い」の「手」は具体的な要素だけでなく抽象的な概念を含んでいる。(私はそれを「修行」の比喩だと解釈した。)
仕事である程度の経験を積んだ人には(この読者のほとんどはそうですね)、この「手の早さ」の意味するところがなんとなく分かると思う。
一方、私にはまだまだ「経験値」が足りないので、具体から抽象への階段を地道に上り、失敗の階段を上り、文字通り「手を動かしながら」進むしかなさそうである。
(Sさん、もうすぐ独立ですね。日々、教育関係の仕事をこなしながら、去年は自分でアカウントを運用し始めたインスタでフォロワーが1000人を超えたり、日々の動作のスピードが速くなったりしているのを目の当たりにしてとても感心します。(さすが私の生徒です笑)現職でも仕事ぶりが評価されているようなので、そのまま自分のペースで頑張ってください。)
(2025-04-27)