(2025-05-02)
仕事を終えて、帰宅するとAmazonから届いた本が玄関に「置き配」されていた。
お、今日は玄関から出てすぐのガスメーターから伸びる二本の「管」の所に引っ掛けてある。今日は夜まで雨が降っていたから、担当の配達員さんが気を遣ってくれたのだろう。(配達員さん、ご苦労様でした。)
Amazonから届く本は、いつも届いた袋にそのまま本が入れてある。ビニール袋のような「防水シート」は何もかかっていない。今まで、届いた本が雨で濡れてしまっていたことはなかったが、今後どこかで(特に梅雨の日とか)そういう「嵐」に見舞われないか心配である。
そういえば、この前も今日と同じような雨の中でAmazonから本が届いたことがあった。そのときはなんと玄関ドアの前(もちろん外)にポツンと置かれていて、危うく本が濡れそうになったことがある。その日私は仕事で外出しており、アシスタントのHちゃんがたまたま家にいたから何とかなったけど、もしその日に出先から帰宅していたら袋の中の本までビショビショになっていただろう。
帰宅後、いったん荷物を置いて中の本を確認する。『希望格差社会』と『希望格差社会、それから』と『SNSの哲学』の3冊が入っていた。最初の2冊はどちらも山田昌弘の本である。『希望格差社会』のほうは単行本を持っていて以前読んだのだが、今回は文庫本に特有の「文庫本のためのあとがき」を読むためにちくま文庫のほうを購入した。
通常、文庫本はその元となった単行本が出版された数年後に発売される。そちらのほうがたいていは値段が安く、単行本での「あとがき」に加えて「文庫本版のあとがき」までついてくる。文庫本の、文庫本による、文庫本読者のための「あとがき」である。ここでは著者がまた新たに「あとがき」を書き加える形になるため、底本の初版が発売されてからの様子や筆者がその本を数年ぶりに振り返った感想など、新しい情報が付加されている場合がある。(稀に、この「文庫版のためのあとがき」がないときもある。)
ときどき、この「単行本が文庫化される」タイミングでその本に出会って(その本の存在を知って)買うときがある。
「これは、いくらなんでも”お買い得”すぎる(安すぎる)んじゃないのか」と前までは思っていたのだが、それは元の単行本が出版されたタイミングで買うことによって受益する「情報の鮮度」とのトレードオフと考えればたしかに納得がいかないこともない。(私の場合は、面白いと思った本は単行本だけでなく文庫本まで買ってしまうのだが。)
と書いたものの、実は私は新品で買わないと手に入らない本以外(の本)はいつも「中古」で買っている。これは私が大学生のときからそうだった。本を買うとき、なるべく新品に近い状態の本(本の帯は必ず初版のものが付されているもの)をネットでも古本屋でも選び、その中で一番値段が低いものを購入していた。今振り返ると、これほど徹底的な「消費者マインド」が発揮された経験はなかった。古本を買うたびにその本の著者にはいつも申し訳ないと思っていたが、その長年の習慣によって私の本を選ぶときの選球眼はプロの域にまで達した。(あくまで「古本」の選球眼だけど。)
Amazonでは、古本に「ほぼ新品」とか「非常に良い」とか「良い」とか「可」といった”商品状態”のタグが付けられているが、今では「どの会社から、どんな状態の古本を買えば、どんな状態で実際に届くのか」まで確度の高い予測ができる。
急いで付け加えるが、私は読んで面白かった本(中古本)に関しては新品のものをもう一度買う。
20代を代表して(と自分で勝手に思っているだけだが)言いたいことがある。
私たちは、早く「新品でも値段を気にせず、どんどん本が買える」ようになるために日々、精進しています。ですので、出版社関係の皆様、今しばらく古本で本を買うのは大目に見ていただきたいです。そのうち、今まで買った古本は全冊新品で購入しますから。いえ、本気です。
少なくとも、今の私は今まで読んできた本(バカ本は除く)の著者たちには何らかの形で恩返しをしたいと思っている。少なくとも、「その本がなかったら今の自分はなかった」と言えるような本に関してはこのブログで紹介していきたい。(まあ、私の場合は今後何かまとまった文章を書くときに備えてその引用元の出典やその文献の出版社・出版年度・頁数などを記録しているという事情もあるのだが。)
本を読んで「これは自分が言いたかったことだ」と思ったら、その箇所を引用して「その本、私も読んでみようかな」と他の人から思ってもらえる可能性を広げる。
それは「著者への恩返し」の一つとしてカウントしてもよいと私は思う。
(2025-05-02)